« 夏の景色 | トップページ | ドナルド・トランプさんが映画に »

2016年9月25日 (日)

小野博柳さん

1998年4月、私は国立歴史民俗博物館から東京国立博物館へと職場を変えた。

14年間の歴博生活で培った研究成果を、是非とも国立博物館での活動に応用してみたかった。当時の私にすれば、その歴史の古さと組織の大きさから東博は何か得体が分からない巨大な密林のような印象に映っていた。

博物館での保存活動を軌道に乗せるために、何から手を付ければよいのか、直ぐにはわからない。なにぶんにもそれまで東博には縁もゆかりもない身の上である。

そんな状況の中でお会いした方が刀剣研磨師・小野博柳さんである。本館の地階の薄暗い部屋で黙々と刀剣研磨の作業を続けている人だ。職員ですら、ごく限られた人しかその作業場所には入ったことがなく、一見すると人の出入りを拒んでいるようにも見えた。

そんな中、いわゆる常識や慣習でものを考えないようにして、ずけずけとその部屋にお邪魔してみた。ご本人と話をすると、文化財としての刀剣研磨にかける思いがひしひしと伝わってくる。「僕らの仕事は磨によって刀を減らすことではない。先輩の磨を尊重し、文化財として相応しい状態の刀を維持することだ」と。

僕が、ゆくゆくはこの作業風景を館内職員はもとより、一般の来館者にも見ていただき、技術の継承や文化財保存の実態を知ってもらいたいと、怒鳴られるのを覚悟で小野さんに持ち掛けた。すると、小野さんからは意外な反応が返ってきた。

「私たちもこの仕事をもっと知ってもらいたいと思っている。決して神聖な場所でも、非公開な作業だなどとは露にも思っていない」と。それの日以来、小野さんとは息が合った。僕は勝手に同志だと思っている。

東博に千本弱の日本刀剣が収蔵されている。その維持管理には大変な労力を要する。手入れと言われる定期的な保守点検作業(メンテナンス)、そして必要最小限の磨継と呼ばれる研磨と白鞘の修理。これ等の作業を滞ることなく、日々流れるように進めていかなくてはならない。

Photo

その仕組みづくりに小野さんは尽力くださった。その小野さんが今月亡くなった。心からご冥福を祈ります。


« 夏の景色 | トップページ | ドナルド・トランプさんが映画に »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/559635/64254352

この記事へのトラックバック一覧です: 小野博柳さん:

« 夏の景色 | トップページ | ドナルド・トランプさんが映画に »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

気になる1冊

  • ★井川 聡: 『超高層から茅葺へ』
    海鳥社 2012 日本設計の池田武邦さんがハウステンボスの設計にかけた情熱とその源泉について、ドキュメンタリー的に記されている。茅葺に興味があったので手に取ってみたが、ハウステンボスの設計思想とその実態について初めて知ることが多く、ぜひ一度行ってみたくなった。
  • ★ヨースタイン・ゴルデル著 猪苗代永徳訳: 『オレンジガール』
    命のバトンタッチの意味。
  • ★籔内佐斗司: 『壊れた仏像の声を聴く 文化財の保存と修復』
    一緒に仕事をする機会には恵まれませんが、いつも気になっている方が仏像と修理について書き下ろした本です。
  • ★バージニア・リー・バートン 著 まなべ まこと 監修 いしいももこ訳: 『せいめいのれきし』 改訂版
    恐竜研究の第一人者・真鍋真氏が監修した絵本。絵本と言ってもかなり高度な内容です。生命のバトンタッチを分かりやすく描いたもの。
  • ★日本博物館協会 (編集): 『博物館資料取扱いガイドブック-文化財、美術品等梱包・輸送の手引き-』
    美術品梱包輸送技能取得士認定試験の制度が始まって4年が経ちます。認定試験を受ける人のための教科書であるとともに、美術品の展示、輸送に携わる人々にもとても役立つ本です。
  • ★ケヴィン・ヘンクス著 多賀京子訳: 『マリーを守りながら』
    自分にも娘がいるが、少女のころの彼女の気持ちを理解、解りあえることは難しかった。父親と幼い娘の間の気持ちの揺らぎを描いた作品。
  • ★藤沢修平: 『三屋清左衛門残日記』
    60歳で定年後、特任研究員として再雇用された時、これから先の時間を如何に過ごすか想像できなかったとき、ご隠居という言葉を理解しようと思って読んだ本。
  • ★ローズマリ・サトクリフ著 灰島かり訳: 『ケルトの白馬』
    イギリスの山肌に描かれた巨大な白馬の絵。その起源を求めて太古の物語にヒントを得て描かれた本。敵に滅ぼされた部族に生き残ったわずかな人々が新天地に旅立っても、彼らの先祖が馬乗りの名手であったことを地上に永遠に刻み込むために、敵方のために描いた白馬。
  • ★K.M.ベイトン著 山内智恵子訳: 『駆けぬけて、テッサ』
    血統には恵まれてはいるが、視力に問題を抱えたサラブレッド・ピエロとともに、自分の道を懸命に探し続ける少女テッサが苦難を後超えて、グランドナショナルで勝利をつかむ物語。馬の心理描写が素晴らしかった。
  • ★夢枕獏: 『大江戸恐龍伝』
    真友の立原位貫さんが装幀と各巻扉絵を描いています。