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2011年6月25日 (土)

保存という名のひかり(その43 歴博での研究(12))

歴博での研究(12)

父の死後、母のことが一層気掛かりとなり、島根に通う日々はその後も続いた。店をたたむように勧めても毎回うやむやにして、店はそのまま続けた。母は根っから真面目な性格で、適当に閉めて休んでいれば良いものを、毎日きちっと店を開ける。もう、刺身や鮮魚は無理だけれど、卸商の人に頼んで少しでも新鮮な品を揃えようと頑張っていた。しかしやはり品揃えや何やかや、店の衰えは隠しようもなく、客の数はめっきり減っていった。

客も余り来ないから節電のために電灯も一部消していたので、薄暗く勢いのないフードセンター神庭の店先で、僕は店番をしながら博士論文の序章のための勉強を続けた。お客さんかと思ったら郵便局員さんで、保険の集金だと言う。何気に店先に広げられた僕のノートをみて、「あんた何しちょーかね。こげな難しいもん書いて。」とここの地元の方言で驚きを隠せいない様子。暇なものだから少し勉強をしているんだと説明すると、ただただ呆れているのか感心しているのか、「ほー」と答えるのみ。

考えてみれば雑貨屋の店先で、相対湿度の物理化学的意味について考えているのだから仕方ない。何故、文化財の保存に相対湿度が大切な意味を持つのかということを、物理・化学的に理解して、説明しなければならない。そこから始めなければ僕の論文にはならない。現象を整理するだけではなく、根本的な問題意識をはっきりとさせたかった。しかし、理解が深まるまでには時間がかかった。

それでも、人気のない店先で母と二人、田植えを終えた田んぼから蛙の鳴き声を聞き、ゆっくりと暮れゆく夕暮れを味わいながら鉛筆を走らせ、自分の研究を続ける幸せというか、運命というか、ささやかな感動を幾度か味わった。夕方5時になると、スピーカーから夕焼けこ焼けのメロディーが流れ、山里の一日が暮れていく。

近所の人は早く帰って店の後を継いではどうかと、帰省するたびに挨拶代わりのように話しかけてきた。その度にここでは僕の仕事はできないと突っぱねてきた。でも今この瞬間だけは、自分の歩む道と両親の仕事が両立している。そのことが少し悲しかった記憶がある。

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