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2010年10月12日 (火)

保存という名のひかり(その20 恩師歌田眞介先生との出会い1)

恩師歌田眞介先生との出会い(1)

当時、これからの保存修復は技術者と科学者との共同作業で行う必要があり、油彩画の修理でもそれが必要である。修理の対象をしっかり見極めなければ適切な修理は困難で、そのためには技術者の目による判断だけではなく、科学的な分析による判断が必要だと、全くの素人の私に歌田先生は丁寧に説かれたのを思い出す。1975年頃のことで、目白のすいどーばた美術学院にお邪魔した私は、そこで初めて歌田先生とお会いした。夏の終りか秋の始めの頃、夜間クラスの授業の後で、先生は確か大柄なチェックの半袖シャツ姿であったかと思う。お話しを聞きながら、自分の可能性をかけてみようと心の中で決断したのをはっきりと覚えている。

その頃の私は、東京都立大学理学部で物理学を専攻する典型的な理科系の普通の学生であったが、量子力学に登場する波動方程式なるものの本質が理解できないまま悩み、自分の能力の限界や将来の見通しに大いに不安を抱いていた頃であった。幼い頃から理数系の科目が好きで、中学生のときには素粒子物理学を研究したいというはっきりとした希望を持っていた科学大好き少年であったが、現実はそれほど甘くはなかった。

もの心付いたときから金槌と釘と板切れで工作に精を出していたもの作り小僧が、大学では理論物理学の分野に進んでしまったことにそもそもの間違いがあったのだと、今になって思う。実験物理のほうなら多少ともむかし取った杵好きとかなにかで、何とか物理学に喰らい付いていけたかもしれないと考えたりもする。大学の4年生ともなれば、就職か大学院に進学かで、おなじ物理学科のクラスメートはそれぞれ活動を始めていたが、自分には進むべき道がまったく分からず、絵に描いたような学者を目指していたために全く就職する気も起こらず、進退窮まっていた。

その頃、自分のクラスメートが彼のお姉さんのご主人を紹介してくれたことがきっかけで、歌田先生と巡り合うことになった。今にして思えば、あの頃が自分にとっての初めての挫折かもしれない。極度の精神的不安定状態が続き、夜公衆電話から田舎の両親に涙を流しながら情けない今の状況を伝えてはみるが、今更親を頼っても所詮は何の解決にもならず、惨めな姿をさらけ出すばかりであった。ところが、歌田先生が私の目の前に広げて見せてくださった世界は、現実の世界で科学的に物事を実践することへの興味と喜びのような、久しく忘れかけていた感覚を呼び戻してくれた。

修理は作品をいろいろな点から調べる絶好の機会であり、また唯一の機会であるともいえる。そのときに、作品の絵画材料を分析し、製作技術を調査することは、日本の油彩画導入の本当の姿を明らかにする上で必須のことで、その調査結果は社会的な蓄積として後世の研究者のために整理して残しておく必要があると教えていただいた。その言葉どおりに、歌田先生は創形美術学校、東京芸術大学で確実に作品のカルテとも言える調書を蓄積していかれた。

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